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今も生きているのに、ちょっと重苦しいはなしであるが、これからの時間とともにやってくるいろんな経験は、理屈上全てが初体験ということになる。昨日と同じように事が運んでいても、それは純粋な意味で初体験でなければならいということだ。だから充実させて生きようなどと肩肘張ったことはいわないが、興味をもって生きたいものだ。一度経験したことだからと安易な取り組みをしたりすると、そのことから得られたかもしれない貴重な体験を見落したりするからだ。勿体ないことだ。初体験だと思えばこその新鮮な驚きがそこにあるかもしれない。そういうものも年を取ってズルときめ込むことが多くなるから戒めの意味もある。年々歳々人同じからず、ことわざにもいわれる如くだが、この頃は日々同じからずと時の流れは早い。そこには旧態依然とした事由は存在しなくて目まぐるしい。それについていく新鮮な感性をたえず持ちつづけることがどれだけ大切かはいうまでもない。年輪を綴るととにかく物臭くなって、目の前の素晴らしい体験も過去のものさしで判断しただのつまらないでき事にしてしまったりする。年を取って進歩がしない大きな理由であり、いわゆる老害というやつだ。好奇心を失わないようにしなければならない。ゴルフはやらないがゴルフのテレビ中継を見ていて思うに、同じコースでボールを打って、同じ方向に飛んで行っても同じ場所にボールは止まるわけでもなく、たとえ止まったとしても前回の感覚で打っても同じようにはいかないだろうということだ。ここでは過去の経験はあまり役に立たず、新しい対応がせまられ、それを克服した人のみが良い結果を生み出す、だからみんながゴルフに夢中になるのであろうと想像する。昨日と同じコースを飛んで同じようにホールインするなら面白くもなんともない筈だ。競馬を見ていても同じようなことがいえる。A馬が前回はB馬に勝っているから、今回もB馬は勝てないと投票権から外すと、B馬が勝ってA馬が外れたりする。確率の高い記録の競馬であってもこういう具合だから人は夢中になったりする。人の予想を越える現象が起きるから人は熱中する。もっとも、毎日がそんな刺激的な現象の連続であっては疲労困憊となるから程々に越したことはないが。とにかく、これから訪れるであろう、あるいは起きるであろう現象は全てにおいて新鮮なものであり刺激的なものであるという純粋な感性を持っていたいということである。物知り顔で事の判断をくださず、とりあえず受け入れ咀しゃくして自分のものとする。年を取ると若い時に経験したこともない事がときどき起きる。それは時として不幸なことであったり、自らの病気であったりだ。健康診断で要精密検査など出ると人は先ずその災難から逃れようとするものだ。しかし逃れたつもりでもかえって重篤な病状となって追いかけてくる。逃れず対処して病を克服することが大事。謙虚に初体験を受けることである。興味とまではいわないが知る体験をすることだ。やがて訪れるであろう人生最後の初体験も、そんな意味で確かなものとして受け止めることができよう。
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