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「何々」が危ない!と庶民の目をひきつけて、それに対処すべきハウツー物を売ってやろうという商売が目立つようになった。一般の人にちょっと脅しをかけて気をひき本題に引きずり込もうと言う魂胆である。こういう方程式は昔からあって今にはじまったことではないが、健康志向や上流志向にあいまってより盛んになったようだ▼テレビのワイドショーなどの構成も根本においてこの方式を踏襲していて、最初に視聴者をひきつけて驚かせ、後はダラダラと検証しながら時間を稼ぐだけとなる。縁日や大道での香具師の口上とも一脈通じるものがあって人間の心の捕らえ方は昔も今も変わらないと実感させられる▼今「‥」が危ないといえばちょっと意味合いは違うが「温泉」が危ないのも流行の一つか。温泉ではなく水道水を沸かしていたというもの。もともと源泉の豊富な温泉街などそうあるものではなく。とくに新興地区の温泉宿などは大抵が沸かし湯である。多少の源泉が混入されていれば良心的なもので、水道の沸かし湯で驚くことはない。むかし新潟の有名な温泉街の鉄骨建てに泊まったとき、風呂ははじめから水道水か地下水を沸かした湯であることは明白であった。温泉街から少し離れており温泉組合にも入っていない風で、気風のよい女将だけが人気で繁盛していた。要するに女将がやり手婆さんも兼ねていたから温泉の事などどうでも良かったのである。別な意味で需要と供給が成り立っていた▼閑話休題、今「水」が危ない! 関係の本が手元に数冊とどけられている。これを読めという親切心からである。また、折から本紙で”水”の特集がはじまったからいいタイミングで持ち込まれた。「水で血液サラサラ脳梗塞を防ぐ」などおいしい見出しが躍っている。脳梗塞はいまや中高年齢者の一大関心事。自慢ではないが私も脳梗塞の一歩手前までいって右目の視力をほとんど失っている。右の頸動脈が一本詰まっているのだ。数年前、ある夜とつぜん右目がパチンと真っ暗になった。瞬間であるが右目の血液が流れなくなって眼底のナントカ膜の細胞が死んだのだそうだ。病院の眼科に入院したが、長嶋カントクが入院したあの神経内科まで回されて右動脈の詰まりが超音波で確認された。血液サラサラへのこだわりはこの時からつづいており、薬の常習もつづいている▼水へのこだわりは人の倍以上はあるのもこのためだ。医者からは水分を摂れといわれ、好きな酒を断ってウィスキーの水割りにしている。「あまり飲まないで」と孫にいわれるが「いや、水を飲んでるだけだ」といいながら翌朝少し残っているときもある▼水道が危ないといわれて久しいが、水割りの水も木炭で蒸留した水を使っている。効能のほどは確かではないが、気分的にはすこぶる健康である。ペットボトルの天然水なども無条件で賞賛してやまない。人間の体の70%が水分であるといわれれば飲む水がピュアであれば体全体もピュアになるわけで病気しらず長生きの人生に直結していく。老いた人もそうだが若い人ほど水に敏感になり、不老長寿を全うしてほしいものだ。
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