地方の都市に行くと一本の川を境に片いっぽうが色町であったりその反対側がひっそりとした住宅街となっていたり、あるいは堅気な商家が軒を並べていたりと、その土地の特色を色濃く残して情緒があったものだ。いまもその名残りや面影を残しているのが、川の流れそのものが細くなったり浅くなったりで、まちの佇まいも様変わりしてしまった。むかしは一本の川をはさんで相手の領域や生活を侵してはならない不文律があってお互いを尊重し生活を成り立たせていたものだ▼生れた田舎の村落にも大人でもおぼれそうな川が流れていて関川と呼ばれ清洌な水が流れていた。川を隔てた向う側は大通りでバスや車が通り賑やかで商店も数軒ほど店構えをしていた。その反対側の生家のある方は村道で車も通らず農家が軒先を並べているだけだった。川の向こう側は「向い」であり、反対側のこっち側は「あっち」と呼ばれどこか差別されているような位置関係にあったのを覚えている。川を境にして生まれた生活上の用語ではあったが、その川の流れはいまもときどき夢の中で流れる。夏の暑い盛りにその川で泳いでいるのはこっち側の子ども達であり、騎士の根っこの下にひそんでいる鯉やフナを手づかみで捕っているのもやはりこっち側の餓鬼どもであった。いまは用水路のように護岸化されて、かつて棲んでいた雑魚やナマズは絶滅したという。そしてどこか「向い」側の女たちまでがあかぬけしているように思えたから不思議である▼そんなわけで東京へ出て家を建てるときは川が流れている傍にしようと決めていたふしがある。それもできれば家の裏を川が流れていればよい。どこか裏の住民と生活を共有することなく一線を画し独自の生活圏を築きたいように思ったからである。背後に人の目があると人間は落ち着かないし、あら探しをされそうで気色の悪いもので、どんな家でも裏側に塀を築きたくなる。そのうえ川が流れていれば万全である。そんなわけで三十年前に家をつくったときは裏を湧水を源流とする川が流れていた。申し分なかったのだが間もなく暗渠ができて埋め立てられてしまった。こうなると裏側とは地続きとなり独自性は消えてしまい、一本の川で遮断されていた人間関係も一緒くたになったように思えるものだ。変なもので裏の住人は地続き感覚で前の家の日照問題や景観にまで口出しするようになる。よしんば苦情を持ち込まないまで前の家が気になって仕方がないようだ。先年増改築したとき裏の住人が腕組みをしたまま監視していたのが印象に残っている▼この川境いが近頃は多くの面で取り払われたように思えてならない。物のたとえだが川や堀で孤立化させたり差別化するのは住民との融和がとれないというような意味で境界が取り除かれる傾向にある。全てが小市民的に平等であるとの認識から人との境をつくることが遠ざけられるようになった。川境いが取り除かれることにより人の動きが流動的になり、他人の生活の中にも入ってきて干渉されやすくなったように思える。人にはそれぞれ踏み込まれたくない世界があり、川境いがあるのであるが。


共同企画 後藤喜好


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