年の始めの印象は白ということになろうか。白い粉雪が舞い降りてきて白雪という銘酒の雫を傾けながら白い色紙に一句を詠草したりして一見の風流を試みる。これはまさに正月ならではの酔狂である。人生もまた白から始まり白で終わる。人は生れたときは身も心も純白であって何一つ汚れなき存在である。それがやがて育つ環境と教育によってさまざまな個性となって現れて美もあれば醜もある人間となって、末は白骨となって無に帰っていく。諸行無常の流れである▼小学校一年生の終業式のとき、通信簿に全部甲が並んだ自分の成績で必ず優等生として名前が呼ばれるはずであった。それも全校生徒が並ぶ大講堂で名指しされるのだ。全甲の生徒はそれまではみんな表彰されていたのだった。しかし、なぜかそのときは呼ばれずじまいであった。今かいまかと胸おどらす中で呼び出されたのは良家の人たちだけで農家の次男坊の名前は呼ばれず時間は過ぎて行った。勉強しなくなったのはそれからである。あのとき全甲の通信簿を持っていって異議を申し立てる方法も知るわけはないし、例え異議が認められても、日頃の素行が悪いとか不潔(当時はシラミがいた)であるとかの担当教師の判断によって優等生から排除されたかもしれない。だが、あのとき表彰されていたならばわが人生が大いに変わっていたかもしれないのである。華やかな表街道があったかもしれないし、あるいは脆弱な人生があったかもわからない。人の道とはそれ程にいろいろな色に染り変化し過ぎ去っていくものである▼人生にたらやれば、いわゆる「たら」「れば」は存在しない、いや、たらやればは言ってはいけないと言われるが、人生はいつもたらればの繰り返しである。たらとればがあるからこそ、それをバネとして踏ん張って飛躍していくものである▼後年、厄年の厄払いで神社に集まり田舎のクラス会を開いたが、その時一年生担任の先生も列席されたが三十数年前のその心の事件を質すには相手が好々爺となっていれば詮ないことでもあった。また四十路に入れば人生のあらかたは決定しているものだ▼また博打にたらればを持ち出すなとよく言われる。競馬や競輪が終わったあとの電車の中や一杯呑み屋の話題といえば勝負のあやのたられば談義である。あそこでこうしておれば(馬や選手が)こうだったらば展開はこうなっていて自分が思い描いた通りの結果になっていたはずだ。自分の推理はそのような筋道で組み立てられていたのだから結果は大正解となって一かく千金となっていたはずだと話題の尽きるところを知らない。その会話はあくまで自己中心的であり、己れの不成功もあくまで相手が犯したミスが原因であると結論づけられる。博打は「たら」と「れば」の繰り返しであって自分はいつも正しいのである。だからひと通りの愚痴や不満が収まるとまたぞろ博打の虫が動き出し、意気揚々と賭場へ出かけていくことになる。その理屈を悟ってしまえば博打は全くつまらないものとなる。だから男は悟ることを嫌い、年の始めの真白い紙をどう塗りつぶすかと心躍らすのである。


共同企画 後藤喜好