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とうとう古希を迎えた。あるいはいつの間にか古希になったと言うべきであろうか。気持などは家庭を持つ前とほとんど変らず、隙あればどっかにとんずらして悪さや楽しい思いをしてみたいと常々たくらみを抱いている。三つ子のたましい、百までとは良く言ったものだ。老境に達して善を説くなどおこがましいとの信念もあるから、定かな人生哲学もないと思っている。ただ、やって良いことと悪いこととの区別ぐらいはついているという幼稚さである。だから悪さや楽しい思いといっても高が知れている。ほとんど小市民的な慰みの域を出ない。昼めしの前にビールを一本飲んでやろうとか、何気ない恰好で馬券を買ってやろうとかの類いである。これを女房の前でおおっぴらにやると嫌味の一つも言われるのが定石であるから隠れてやろうとする。日曜日、競馬場へ行ってビールを飲みながら馬券を買っていることぐらい、出掛ける時の恰好を見れば女房殿には一目瞭然なのであるが、そこで一言嫌味を言われるのが癪だからそうっと門を出る▼仏文科の学生の頃、デカダンスに染り、いや憧れてとでもいうか可成背徳的な行動を取った時期があった。デカダンスにあらざれば文学青年にあらずというわけだ。いやに気負って鼻持ちならぬ雰囲気であったが、本人は至って崇高な感覚に陥っている。おふくろが送ってきた大島に一回も腕を通さず質屋に運んだし、麻で編んだ蚊帳も同じ運命に会った。デカダンとは肉親のきずなを断ち切ることがその根元であった。そう思っていたのである。肉親の愛情の表れである送りものは全て酒肉に消え、最後は授業料まで消えてしまった。しかし、そのあとに残ったのもは、ほぞをかむような苦渋に充ちた後ろめたさであり、おふくろに対する慚愧の念だけであった。耽美的な一行の詩も書けず、ただ怠惰な生活があるだけだった。おふくろから逃げ出そうとしながら掌の上でじたばたと動いているに過ぎなかった。肉親とのきずなとはそれほど強く断ち切れるものではない▼そのあとは自称裏街道を歩くこと五十年、ようやく古来より希なる年齢に到達したわけである▼満願の誕生日を迎えたあとの一ヶ月あまり、突如として自動車に横転させられる事故に見舞われ病院へ。あの瞬間の感覚は「えっ!なんで」であった。突然横から襲われたからだ。ただの打撲で済んだものの一瞬の地獄を見た思いだ。「もうちょっと悪さをやれということだろ」と過去を知る畏友は言う。打撲のあとの痛さともども胸に応えるものがある。所詮、人間には定められたそれなりの人生しかないのである。学舎を共にした同志が五十年ぶりに再会した。しかし、その間の五十年の歳月はお互い知らないものの、人間は当時と全然変わっていないのだ。善も悪もなく、つつがなく生き抜いてきたことが、すなわち古希なんだとしみじみと知った一瞬であった。
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