啓蟄(けいちつ)がすぎた頃から三寒四温のくり返しが激しくて、それに花粉症に悩まされてどうなることかと体調維持に気をつかった人も多かったのではないかと思われる。それでも天の配剤はよくしたもので、ようやく春の訪れが間近かとなって桜の季節を迎えようとしている。野も山もこれからはあざやかな彩を増し、物みないきいきと輝く季節となってくる。地球の環境が破壊されつつあって温暖化現象がいちじるしいとか、空気に有害物質が含まれて大気汚染が進んでいるなど言われているが、自然現象は確実な足取りで訪れてくれる。この自然界の義理堅さをないがしろにしてはならないことは誰もが知っているところ。地球が宇宙の中に存在したのは百三十億光年の昔からとかで、これからも約それ位の光年は存在するだろうと推察されている。やがて太陽に異変が現われて機能しなくなり、その影響で地球上の生物は壊滅して終えんを迎えるのだそうだ▼何億光年先の出来事だ、などと呑気に構えているのも結構だが、その前に生きている者は必ず滅するのであるとの前提に立てば、自らの消滅もやがてはやってくるのであり、人生経験の長い人にはいつ訪れるかわからない生死の境もすぐにそこにある。それゆえに四季の移り変り、春の訪れ、目に青葉の薫風の有難さは言うのを俟(ま)つまでもない。春夏秋冬、花鳥風月に涙しいや涙せずとも詠嘆し、五七五と句をひねり、四季折々に感謝する心を持ちつづけるならば、宇宙も自然もその心に報いるべく光り輝いてくれるはずである▼春爛漫となって桜が霞か雲かと見紛うばかりなのに世の中の生業ひどく精彩を欠いてもう一つ盛り上がらないのはどうしたものであろうか。物みな憂鬱な風情はいただけない。デフレだ不景気だ倒産だと負の面ばかり見たり強調されたりするから人間の目も自然とそういう視線になる。敗者の思想に傾くから全ての回転も逆の方向にと進んでしまうのではないか。取り巻く環境が陰気臭かろうがわれ関せず前向きに限る▼陰鬱な所として連想される病院を例にとると良い。とくに入院病棟、これは経験するとわかるが底抜けに明るいのだ。朝6時の起床から夜9時の消灯まで病棟内はいきいきとしている。看護婦の陽気さも一因であるが患者はみな前向きで、起床と同時に朝飯に腹の具合が傾き、午前の診療中はもう昼食に向かっている有様だ。誰もが生き抜くことに懸命でここで人生を終わろうなどと毛頭考えていない。夕食には熱燗に思いを馳せ、消灯前には看護婦の目を盗み寿司屋ののれんをくぐったりする。深刻な表情の見舞客などまっぴらという心意気なのである。現状打破、艱難克服の精神力は人間が持つ本能である。桜花全開、前身に大きなうねりを起したい▼最後に昔からある戯れ言の一つ 〜それにつけても金の欲しさよ〜 日本を覆う陰鬱の因(もと)にこの卑しい心があることだけは確かである。


共同企画 後藤喜好