安心して安らかな生活は誰もが望むところであるが、世間の荒波はいたるところでそんな境地を脅かしている。身近な例をあげれば倒産やリストラで平安な生活が一転して奈落の底へなどよく取り上げられるし、不幸な現象として聞かされたりする。いまどき、普通の生活が一夜にして地獄を見るほど叩きのめされるなどは極端すぎる話で、そこまでの非情さはないであろう。社会の仕組みはおおむねソフトランディングを良しとしている。戦後のどさくさのころは夜逃げだ首切りだなどは日常茶飯事であってあたりまえの出来事であった。そこでぐだぐだと悩んだところでどうなるものでもなく、とりあえず身の回りの物を質屋に運び、その足で職安で職探しという具合であった。ここのところ長く平和がつづいたせいか人間が脆弱になって、ちょっとしたことで折れ易く耐えられなくなっている。扶養家族も少なく身軽な分だけ陽気なものだったのだろうが強靱な芯の強さもあったものだ。いまは贅沢が身について抵抗力がなくなってしまった▼憂患に生き安楽に死すというように、古来から人間は憂いや患いなど不幸に遭遇すると、それを必死になって乗り越え征服しようとして力を発揮し生きのびてきたものだ。太平安楽の世の中であるためにかえって簡単に死とか滅亡とかにとらわれてしまったのか▼安楽立命。心を安らかにし、身を天命にまかせてどんなときでも動じないこととある。この心境になればしめたものだが、なかなかそうはいかない。安心さえあぶないのに立命までの道のりはほど遠しと思う人は多いはず▼安の字をよく見るとうかんむりに女と書いて安。うかんむりを辞書で引けば、ウと似ていて宇に通じるとある。宇とは大きな屋根の下という意味であり、大きな屋根の下に女がデンと座っていると安らかであり、心が穏やかに静まれば安心というものであろう。確かに家の中に女房がデンと座っていて物事に動ぜず重石のような存在があれば家内安全の趣がおのずから生まれてくる。男は外であくせくと働き賃銭を稼いで家の中の山の神に奉納する。山の神たる女房が生活万端を切り盛りしておれば家内安全となって平穏な生活が営まれる。これは昔からつづいている日本の生活文化である。よって安心とは家の中から生れる▼これまでのことはいわゆる普遍的な安心の様態であるが、やはり行き着く先は安心立命、清濁を併せ呑み清貧に臆せず自らの立つところを心得て微動だにせず、西から毀誉褒貶あれども惑わせれず、東から誹謗中傷の声あがれども動ぜず、雑事にとらわれることなく尊厳を保ちつつ身を処する風格があればもはや言うことなし▼されど言うは易くそういう心境にはなかなかなれるものではない。所詮安心立命とはなかば諦観に基づいた心理的な負の現れであって、向上を目指す人間には先の先の話であろうか。


共同企画 後藤喜好