聞くと見るとは大違いのような現象はよくあることだが、近頃そのもっともたるものが田中眞紀子前外相と秘書の関係であろうか。週刊誌の記事によれば「これまで辞めた公設秘書は15人、私設を入れたら60人」と報道されている。勤務先から出向を命ぜられ辞めたあとは元の会社にも戻れず、死屍累々の惨状である。その関係は秘書の人間性は認められず、主従の間には召使いの感覚しか存在していなかった。そんな報道にはぞっとするほど寒気がする。テレビの映像の中にもそれを裏づけるようなシーンが時として放映されるようになった。横柄での傍若無人ぶりは外相時代にも放映されて、心ある人のひんしゅくを買ったものだったが、これほど我儘がひどいとは、テレビもようやく思いっきりよく放映するようになった▼人間の人格などは直接その人に会って接してみなければ判断がむずかしい面もあるが、いまの時代テレビが一挙手一投足を映すことによって、その被映像者がウソをついているか、あるいはどういう性格の持ち主かを国民の前に明かしてくれるようになった▼違法な行為はやっていないか、よそでもやっているという甘い判断はないかなどは企業経営上とくに留意しなければならない問題点であるが、ほかに、そのことを指摘されたときに堂々とそのことを説明できるかも重要な課題である。それは企業のみならず代議士やその他の職業にあてはまる倫理観であって、これがしどろもどろになると社会的な制裁を受けることは明白である。田中前外相の弁明を見ていると堂々たる説明は欠落しており、国民の眼からの疑惑は消えそうにない▼独裁者や権力者になると些細な危機管理の意識を忘れて思わぬ墓穴を掘って社会的にいちじるしく信用を失墜させてしまう多くの例を目の当たりにする。そのことの説明が不充分であったり、隠蔽したりして不透明であったがために、テレビの前で頭を下げる経営者の姿をいやというほど国民は見せられている。危機管理の欠乏、みんながやっているという横並びの意識の甘え、業界慣習という先例主義などが不祥事を生む要因であると指摘する人もいる。そして面従腹背は世の中の常なのである▼聞いて極楽、見て地獄のことわざもある。良い話についつられたり、世間の評判を真に受けて訪ねてみたら、なんともはや炎熱地獄のようなどろどろした人間の集団があったなどは一つの仮説としても、見ると聞くとは大違いは往々にしてあることである。田中前外相の秘書の場合、聞いて地獄、見て地獄の連続であったのではと推測される。勤務先から一本釣りされて秘書になったが最後、精神的にも肉体的にも酷使され、誰ひとりとして元の職場に戻れなかったというのでは、もはやその苦悩を表現する言葉さえ見つからない。地獄絵が頭の中で回転するだけである。


共同企画 後藤喜好