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20世紀が終る。過ぎたるは及ばざるが如し。2000年は21世紀かと思っていたがどうもそうではなかったらしく、2000年は1900年代最後の年で1900年代の古い機関車に引き摺られているようで気の重い一年間であった。景気の悪さや政局の不真面目さもあって暗い一年であった。もう振り返りたくない心境である。年を重ねると懐古的になって感傷に陥りがちになると言われるが、21世紀に突入する迫間にきてもそういう感情は湧いてこない。早く21世紀に入って行って、新しい気分で新世紀を生きてみたいと積極的な心構えが先に立つ。1000年前はどうだったのか知るよしもないが新世紀を迎えるとはこんなにも新鮮なものであったのか。景気も株価も一挙に上昇気運に乗りそうな予感さえする。長い1000年の最初の年ぐらいは明るく大きくありたいものだ。▼大きいといえば図体のでかい森総理がすぐに連想される。すこぶるつきに評判は悪いが、人の良さそうな笑顔を見ているとそう見捨てたものではないと天井桟敷は眺めている。内閣支持率は10%台であるとメディアは囃し立て、野党の口撃はもとより与党も不信の目で見ているから国民もそういう目で見ていて支持率はますます下がるというイタチごっこ。秋の早慶戦で早稲田の角帽をかぶり肩を組んでからだを揺すっていたが、見る人が見れば無邪気なたわいもない姿、人が良すぎるのである。ひとを褒めてひとの歓心を買うのが好きだから、その場その時で行く先々で失言もしてしまう。それでも政局が安定しているのは日本の国が平和で波風が立たないから無能と言われる総理でも持つ。ここは一つ鈍牛の如く寡黙にして政策に専念する総理になったなら支持率は上昇するであろう。▼馬の耳に念仏、蛙の面に水、などあまり芳しくない諺があるが、その立場によっては両面を使い分けてもいいのではないか。人の意見を、うわのそらで聞き流しているのが馬の耳に念仏、どんな仕打ちにもしゃあしゃあとしているのが蛙の面で、この両方を兼ね備えたようにデンと構えて、大きな図体を生かして政策に当たっておれば支持率は上がる。いま、誰が総理になっても展開は同じである。▼世の中適材適所など完璧を求め過ぎるのもどうかである。完璧主義はむしろ自由を束縛する要因を持つ。自由な発想、失敗を恐れず、むしろそれを活用する柔軟性が発展をもたらすことはメディアでも報道されている。▼ウイスキーのボトルが半分以下になったとき、これしかないと悲観するのと、これだけあると思うことで充実感に雲泥の差が出ることは昔からよく言われたこと。楽しく前向きに未来を見つめよう。ニコニコ笑って笑顔の素敵な社長の会社は伸びるという。謝罪する社長の顔など見たくない。森総理もそのまま笑っていればよい。皆さんも来年は笑顔一杯の人生で行きましょう。
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