「あと5〜6年は」とか「あと5〜6年だ」とか、よく耳にするし口にもするようになった。10年〜20年のスパンで処理したり計画をたてたりの年代から、将来に対する計算の仕方が短くなってしまった。要するに年をとったということで、内心ではあと10年と思っていてもつい5〜6年と遠慮してしまいがちである。「あと5〜6年はなあ」とは、65歳の停年まで勤めあげ、サラリーマンとして満願を果たし、悠々自適の余生を楽しんでいると思われていたクラスメートが亡くなったと知らされたとき、仲間たちが思わずもらした長嘆息。「ちょっと早かったな」「あと5〜6年晩けりゃご家族も納得したろうに」「俺たちあと5〜6年は生きてやるぞ、たぶん大丈夫だろう」などいろいろな思いを含んだ感嘆詞でもある。この場合も、人生80年時代と言われていることを考えれば「あと10年はなあ」という表現も理不尽ではないが、すでに幽明境を異にしている故人に対する言葉としては不適切で失礼である。一歩引いた5〜6年が妥当なところである。▼「あと5〜6年だな」はいわゆる行政が認める老人の域65歳以上となった方ならごく自然と日常茶飯事的に使っている言葉ではないだろうか。本人はまだ10年〜20年と思っていても「当分、現役で頑張らなくちゃ」と言われると、つい「あと5〜6年だな」と口を衝く。「元気そうじゃないの」「またやっちゃってふた月入院していたんだ、治ったけど」「まだまだ20〜30年頑張らなくちゃ」「いや、あと5〜6年だな」。女子医大放射線科の診察室、10年前喉頭に癌ができ治療でお世話になった女医先生と私。いまは顧問格となって週一回のご出勤とか。久闊を叙して握手しながらの会話。懐かしくもあり、また感謝する心も溢れてグッとくるものがあったが、20〜30年の激励の言葉に反射したのが5〜6年であった。「腫瘍マーカーも1点台に下がりました。前は5点台でしたけど」いま主治医のK先生、先輩に説明を加えてくださった。▼「あと10年は現役だ」これは別な意味合いでの現役。65歳を過ぎても男性自身の機能を誇示し傲然と言い放つご仁もいるが、言うは易し行うが難しで、相手がどうのこうのと条件が付くので鵜呑みにはできない。▼「77歳になったら死にたい」70歳になった頃、そんな題名の本を書いたマルチ作家がいたが、もうその年齢はとうに過ぎているのではないか。まだ健在なようだが、どうするのだろう。将来を限定したり区切ったりするとロクなことはない。その時間はあっという間に迫ってくる。▼「今度が最後のお願い」代議士がよく口にする言葉だが守られた例がない。▼凡人は、「あと5〜6年」と将来を曖昧に展望しておいて、その時が来たらまたあと5〜6年と延長すればよい。その程度の繰り返しなら閻魔大王も認める許容範囲のウソということになろう。


共同企画 後藤喜好