生れ育った土地の風景や家並みなど、遠く離れてしまえばそれほど想い出すこともないのに、潜在する意識の中に消えずに残っているのか、夢の中などでは幼年時に見たままの姿で現われてくるから不思議である。東京で生れ育った人でも、その土地の佇いが元の原風景のまま現われてくるというから、「ふる里」はいくつになっても記憶から消えることはないのであろう。
 寒い季節になると、私の「ふる里」は雪国の佇いの中で現われてくる。築百年以上もたつわら葺き屋根のだだっ広い家模様、太い柱と障子戸との隙間の間隔まで幼児体験した元のままで現われてくる。その隙間から夜中に粉雪が舞い込んできて枕元に白く積もっており、思わず身震いする。尿意を催しているんだけど我慢をするか―。もう三十年以上も前に解体されて跡形もない茅屋なのに、陰々として寒々しい在りし姿のままで現われてくる。
 トイレも玄関を出たところの離れにあって、そこまで辿りつくのがおそろしくもあって思わず玄関先で放尿する。よく母親に叱られたものだったが、誰もいない夜中には、また、それを繰り返す。「今夜だっていいだろう!」玄関先でナニをつまみ出そうとすると、前の家の嫁さんが台所のところに立っていて「ちょっと具合が悪い」「なんで夜中に台所にいるんだろう」悶々としたところで目がさめる。もう此の世には居ない親父も母親もむかしのままの姿で現われるし、それらを容認している自分も以前の子供のときの感覚で受け入れている。むかしならとっくにやっていただろう漏らしがないだけで、あわててトイレに起き出すのが現実である。
 なんで、ほかの素晴らしい場面が夢の中に出てこないのか、夢の中の家の佇いはいつもわびしく、雨戸がガタピシする感触までむかしのままである。人間には幼児回帰への本能でもあるのだろうか。
 思えば「ふる里」とは自らが生きていくことを拒んだ土地ではなかったか。少年時代から物心がつきはじめるころ、自分が生きていく空間が狭められていくように感じたものである。兄弟が多ければ、それだけに切実な問題がそこに存在していた。家督は長男のものであり、次男も三男もいわば余計な存在ともなって弾き出される。弾き出されてもそれを受け入れる余裕は「ふる里」にはない。弾き出された者、あるいは弾き出た者は「ふる里」をあとに郷関を出るのが普通であった。「ふる里」とはなんとも物悲しいものなのである。「ふる里」があっていいねえと言われるが「ふる里」は帰れない「ふる里」なのである。
 生れた土地で育ち生き長らえその地の土に帰ることは限られた者にしか許されていない。
 そのことの条理に気付く前の無邪気な幼少時が懐しい。それ故に幼年時の原風景がそのまま夢に出てくるのであろうか。


共同企画 後藤喜好