西東京市には、無形文化財の中に指定文化財2号の田無ばやし、指定文化財46号の保谷囃子がありますが、今回は、旧田無市にあった「田無ばやし」についてご紹介しましょう。田無神社の例大祭はもちろん、市民祭りなどのパレードでもお馴染みのお囃子です。お囃子は日本各地に伝わる郷土芸能ですが、この田無ばやしもそうしたものの一つで時代を超えて共通財産にしたいものです。
 その田無ばやしの歴史は古く、もとは平安時代の公家の作曲といわれ、それがやがて元禄7年(1694)頃から伝わった、江戸の祭囃子のはじめといわれる「葛西囃子」の流れをくみ、明治の終わり頃に田無に伝わりました。
 当時、田無の南町に住んでいた西林源六さんが、関東一のお囃子の名人といわれる内海軍次郎先生に弟子入りし、速間流といわれるまだ完成していないものを作りなおしたのが、今の田無ばやしだといわれています。西林さんの活動によって、田無から、保谷、武蔵野、三鷹、小金井、国分寺、小平、東大和、荻窪などに浸透して行きました。
 そして、昭和40年8月30日には田無市指定文化財第2号に指定されました。谷戸にあった田無神社が現在の場所(田無町3丁目)に移った日を記念して、9月19日の田無神社の例大祭で「田無ばやし」が演じられて来ました。この日は学校も休みになり、生徒達は、羽織、袴で神社に集まり、式があったそうです。
 演奏は、笛、大太鼓、鐘、しめ太鼓、舞人が一人です。曲目は屋台、昇殿、鎌倉、国固、四丁目、(屋台)、仁羽の全六楽章からなり、獅子の舞の他、狐面の舞い、おかめ、ひょっとこの舞いなどがあります。囃しのリードは、笛で、笛の音に合わせて、その他の奏者はどの曲目かを判断し、演奏したそうです。祭りにお囃子が囃されると、家にいた者も皆外に飛び出し、周辺地域からも多くの人が集まり、夜になれば当時5、6軒あった茶屋が賑わいました。
 田無ばやしは優雅な中にも、庶民的な軽妙さがあって味わい深い音色と評価が高いものです。現在は、田無ばやしをもとにした速間流保存会によって伝承されています。
 現在では、10月に例大祭が行われています。田無神社へ出かけて、鑑賞してみませんか?