▲昭和32年頃の小平霊園。園路はまだ砂利道である

 今回取り上げるのは、西武新宿線小平駅の西側に広がる都立小平霊園です。小平、東久留米、東村山の3市にまたがる広々としたこの霊園には、四季折々の花が咲き、お墓参りの人だけでなく、園内を散策する人や家族連れで賑わうなど市民の憩いの場としても親しまれています。さて、この霊園にはどのような歴史があるのでしょうか?

■公園墓地・小平霊園

 かつてこの土地は、近隣の農家が堆肥を作る際に、必要となる落ち葉を集めるための雑木林でした。その土地を東京都が買い取り、都立小平霊園として開設したのは、太平洋戦争が終結した3年後の昭和23年のこと。これは急激な人口増加・宅地化によって深刻となっていた東京都の墓地不足を解消するために作られたものでした。開園が戦後の混乱期だったため当初は設備も十分ではありませんでした。しかし戦後の復興とともに園路の舗装や給水塔などの設備が整えられていきます。そして昭和36年には欧米諸国に普及している、明るくて開放的な公園墓地スタイルの造成が開始されます。その結果、園内には芝生が敷き詰められ、約63haの広大な敷地のほぼ半分が樹林や園路、雑木林となり、緑の多い広々とした霊園に生まれ変わりました。

 現在、小平霊園には約80万体の遺骨が埋葬されています。その中には詩人・野口雨情、作家・宮本百合子、俳優・佐分利信(本名・石崎由雄)、政治学者・蝋山政道などの数多くの著名人も眠っています。

■幻の池・さいかち窪の池

▲さいかち窪。現在は土管からわずかに水が出ている程度
 霊園の北側にある雑木林の中には、かつて黒目川の水源湧水池であった「さいかち窪」と呼ばれるくぼ地があります。ここは霊園が造成する以前は常に清水が湧出し、小池を造っていたそうです。しかし園路の舗装などによって地下水脈が切断され、今では大雨の後に4、5年に一度出現する幻の池、「さいかち窪の池」と言われています。

 この幻の池を復活させようと、今年の4月には小平市議会から東京都へ意見書が提出されました。これを受けて都では今後行われる予定の園路舗装工事の際に、雨水が地面に染み込み易くする方法を導入するなど、「さいかち窪」の復活を図っていくそうです。

※文中敬称略

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