田無に伝わる祭囃子「田無ばやし」が存続の危機に陥っている。原因は会員の高齢化と後継者不足である。そんな中、次代を担う存在として期待されるのが、弱冠29歳の清水義則さんだ。
「もう一度田無ばやしを昔の姿に戻したい」
そう力強く語る義則さんは、田無ばやし保存会の会長・清水義雄さんの長男にあたる。2年前に家業に入り、父親と共に仕事をするようになると、当然のように田無ばやしの後継者として修行の日々が始まった。
父親に習っていては甘えが出るという理由で、現在は週に一度8時間、武蔵野ばやしの練習に参加。太鼓や笛などを学んでいる。
「武蔵野ばやしは田無ばやしから分かれたお囃子で内容は同じ。現在は素晴らしい奏者も揃っている。そこで基礎から学んだ」
この他に地元の練習にも参加し、さらに自宅でも毎日1時間は必ず練習を続けている。
「最初は下手で近所迷惑だったと思う(笑)。元々祭りは好きだけど、やってみると楽しくてしょうがない。何でしょうね? 笛を吹いていると心躍るような、そんな気持ちになる」
本来は笛を習うまで10年はかかるそうだが、義則さんの場合は、高齢の会員が元気なうちに全てを学ばなければいけないため、急ピッチで英才教育を受けている。まだ習い始めて1年半だが、すでに基礎は習得し、現在は「くずし」と呼ばれる応用編に挑戦しているという。
田無ばやしが現在の形になったのは、約100年ほど前の明治の終わり頃。当時の人気は絶大で、田無をはじめ近隣地域の若い衆がみな習いに来たという。
しかし顔見知りばかりだった田無のまちも、いつしかマンションが建ち並ぶベッドタウンになっていった。それと共に田無ばやしの会員も減少。10年ほど会が無くなった時期もあるという。現在の会員数は8名。新たな入会者もいるが、結婚や転勤などで辞めてしまうケースが多い。それでも現在は会員一丸となって盛り上げようと努力している。
「将来のことを考えると、これからは地域の子どもたちに教えていきたい。ただ現状は指導者の数が足りない。まずは会員を増やし、指導者の育成をしなくては。それと同時に、自分の音を完成させたい。それが20年先になるか、30年先になるか分からないが、歴史ある田無ばやしの伝統を正しく伝えていきたいと思っている」
真剣な眼差しでそう言われたとき、この人は将来の田無の財産になると確信した。
田無ばやしの再興を目指して、いま新たな活動が始まろうとしている。
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