プロフィール…こんの・まり
 ’80年5月18日、旧田無市生まれ。178cm、66kg。田無四中でバスケを始め、高校は名門・明星学園に進学。高校在学中にはジュニア代表としてアジアジュニア選手権に出場する。卒業後、社会人チームのジャパンエナジー「JOMOサンフラワーズ」に入社。引退した伝説のエース萩原美樹子選手の背番号7を譲り受け、3ポイントシューターとしてメキメキ頭角を現す。’03年には初の日本代表入りを果たした。代表チームでの背番号は「5」。
●ジャパンエナジー「JOMOサンフラワーズ」公式サイト
http://www.j-energy.co.jp/sunflowers/

※このインタビューの模様はエフエム西東京で7月17日(土)、再放送31日(土)18時30分より放送します。

 年1月19日、女子バスケットボール日本代表チームは「FIBAアジア女子バスケットボール選手権」で強豪・韓国を下し、アテネ五輪の出場権を勝ち取った。2大会ぶりの出場となる日本代表チームで、3ポイントシューターとして重要な役割を担うのが西東京市出身の紺野麻里選手だ。

 「(五輪出場が)決まったときコートにはいなかったんだけど、ベンチでみんな鳥肌が立つぐらいになって。人って感動すると突然涙が出てくるもので、コートに出て行って大泣きしました」と夢を実現した瞬間を振り返る。田無四中でバスケを始めて約10年。ここまでの道のりは決して平坦なものではなかった。

 「体が細く、当たり負けして、最初は続かないんじゃないかとみんなに心配されていました。中学のときは五輪など考えてもない。高校で全国大会に出るようになっても、自分はそこまでって思っていました」体格に勝る世界の強豪と戦える自信は持てなかったという。そして、社会人チームの名門・ジャパンエナジーに入社する。「一番強いチームでプレーして、自分の力がどこまで通用するか試したかったんです。そして年を重ねるごとに、もしかしたら自分にもチャンスがあるかも、と思えるようになってきました。気がついたら、こんなところ(日本代表)まで上りつめていました」

 もちろん努力なくして五輪出場などあり得ない。高校まで得意としていたインサイドプレー(ゴール下でシュートに切り込む)を捨て、遠くからゴールを狙う3ポイントシュートの練習を始める。「私の身長でもアウトプレーができなきゃと思いました。練習するごとにゴールの確率が上がり、気がついたら3ポイントシューターといわれるようになりました。今では10本打てば10本入るときもあります」

 アテネ本番まで約1ヶ月。現在、合宿や遠征などかなりハードなスケジュールをこなしている。疲れやストレスも心配されるが「睡眠をしっかり取り、ご飯をちゃんと食べています。遊びたいというストレスはバスケで発散。バスケでのストレスは、買い物で発散しています。衝動買いをしたりしてスッキリする。あとは昔の友達と会って飲みに行ったりとか」と24歳の女の子らしい一面も覗かせる。

 「世界で戦えるなんてなかなかない機会なので、今まで練習してきたことすべてをコートで出せるように無我夢中でぶつかっていきたいです。地元のみなさんが私だけを応援してもらえるように頑張りたいと思います」と本番への抱負を語る紺野選手。五輪後には金メダルを持って凱旋帰郷することを約束してくれた。8月14日の開幕初戦(対ブラジル)から注目していきたい。

文・写真:水澤 敬、
聞き手:大塚まこと(エフエム西東京パーソナリティ)
取材協力/(財)日本バスケットボール協会、ジャパンエナジー、
取材協力/エフエム西東京(ジャパンエナジー)

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